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仙台地方裁判所 昭和23年(ワ)131号 判決

原告 東北外国語学校創立委員会

被告 桜田三次郎

一、主  文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告代表者鈴木紀一郎の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、被告は原告に対し金二十一万二千百二十四円四十四銭及びこれに対する昭和二十三年三月二十日以降完済迄年五分の割合による金員を支拂うべし、被告は原告に対し原告の会計に関する一切の書類を返還すべし、訴訟費用は被告の負担とするとの判決及び保証を條件とする仮執行の宣言を求め、その請求原因として、原告委員会は外国語の普及をはかる目的で私立学校の設立とその維持の爲め組織された委員会であつて、現在一力次郎、岡崎栄松、小山田正直、佐武安太郎、篠沢久、高橋甚也、鈴木紀一郎、高橋純一及び土井林吉の九名の委員(右岡崎は、もと右委員であつた仙台市長今村武志が市長交迭の爲め原告委員会を脱退したので、新に加入したものである、右の外に被告及び池園哲太郎も委員であつたが、同人等は辞任した。)から成る、原告委員会は初め昭和二十一年十一月十八日私立学校令による東北外国語学校の設置とその校長就任について、もと原告委員会代表者土井林吉名義を以て宮城縣知事千葉三郎の認可を受け、右学校を創立した。学校教育法施行後昭和二十三年七月一日設置者変更の認可を受け、鈴木紀一郎が設置者になつたが、その実質は設置者である原告委員会の代表者変更の認可であつた。言う迄もなく右学校の経理経営は、一切これを原告委員会で爲すのであつて、被告は、右学校長鈴木紀一郎の委任を受け、創立当初から右経理会計の事務を担任し來つたものであるが、昭和二十二年四月から同年十二月二十二日迄の間に業務上保管していた原告委員会所有の金員中金三十八万二千百二十四円四十四銭をほしいまゝに自己の生活費に充て費消した、よつて原告委員会は被告の右不法行爲により右金額と同額の損害を蒙つたのであるが、昭和二十三年一月二十一日から同年三月十九日迄の間三回にわたり被告から合計金十七万円の賠償を受けたので、同人に対し残額金二十一万二千百二十四円四十四銭及びこれに対する昭和二十三年三月二十日以降完済迄年五分の割合による遅延損害金の支拂を求め、かつ被告は原告委員会所有の会計に関する一切の書類を持出し、これを占有しておるので、その返還を求める爲め、本訴請求に及ぶと述べ、被告の主張に対し、原告委員会は法人格を有しないが、民事訴訟法第四十六條に言う代表者の定めある社団であると述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は主文第一項と同旨の判決を求め、答弁として、東北外国語学校は被告において創立費用を支出し、その他の物品を提供して設立したものであつて、その経営管理は、被告の計算と責任において爲しおるものである、原告委員会は最初仙台市長今村武志、同助役池園哲太郎、河北新報社会長一力次郎、仙台市收入役小山田正直、東北大学総長佐武安太郎、第二高等学校名譽教授鈴木紀一郎、同土井林吉、東北大学教授土井光知、被告在日ラサール教職会長ロエユ・ローラン及び東北大学教授高橋純一の十一名の委員を以て構成され、その後仙台市長、同助役の交迭により同人等の脱退と現仙台市長岡崎栄松、同助役高橋甚也、同篠沢久の加入があり、又塩釜市長櫻井辰治、宮城縣知事千葉三郎の加入があつたが、これは被告において單に右学校設立の形式を備える爲めにつくつたものであつて、たとえそれ以外に何等かの役目を果すにしても、声援的賛助的なものに過ぎない、從つて原告委員会を以つて社団的存在とは言い得ないから、これに当事者能力を認めることはできない、又原告委員会は以上のように右学校の経営に関して管理権を有してないから、本訴について原告たる適格を有しない。

次に原告主張の事実中原告主張の日右学校設置及び学校長就任について宮城縣知事の認可があり、鈴木紀一郎が学校長に就任したことは認める。被告が原告委員会を辞任したこと及び被告が原告主張の金員を費消したことは否認する。要するに右学校は被告の経営にかかるものであるから、原告の本訴請求は失当であると述べた。<立証省略>

三、理  由

先ず東北外国語学校の設立及びその後の経過について判断すると

一、被告本人(一回)尋問の結果及び之により成立を認める乙第二号証の一、二によれば、被告は初め仙台市内荒町職業紹介所の一部を借り受けて米英語講習所を設けていたが後語学專門学校の創立を企図し、原告代表者鈴木紀一郎に対し協力を求め、同人の意見を容れ知名人を以て創立委員会を組織することとなり原告委員会が成立するに至つたことを認めることができ右認定を覆すに足る証拠はない、而して当時原告委員会の構成員は仙台市助役池園哲太郎、河北新報社取締役会長一力次郎、仙台市長今村武志、同收入役小山田正直、被告、東北帝国大学総長佐武安太郎、第二高等学校名譽教授鈴木紀一郎、同土井林吉、東北帝国大学教授土井光知、ラサール教団代表ロエユ・ローラン等であつたこと、その後仙台市長及び同助役の交迭により同市元助役池園哲太郎、同元市長今村武志が辞任し、同新市長岡崎栄松、同新助役高橋甚也が新に委員となつたことは爭がなく証人土井光知の証言、原告代表者鈴木及び被告(一回)の各本人尋問の結果によれば、右の外ロエユ・ローランは帰国し、土井光知は東北大学文学部教授を停年により退職すると共に辞任したことを認めることができる。

二、証人小山田正直、土井光知の各証言原告代表者鈴木の本人尋問の結果によれば、原告委員会は昭和二十一年三月十五日(証人小山田は四月二十二日というけれども同人の記憶違いと認める)ロエユ・ローランの帰国に先立ちその送別会を兼ね仙台市助役室に第一回創立委員会を開き委員中今村武志、池園哲太郎、土井林吉、佐武安太郎、一力次郎、小山田正直、ロエユ・ローラン、原告代表者鈴木及び被告が会合し、席上創立趣意書を配布し、ロエユ・ローランの協力については教団の許可が必要だというので一時之を留保して創立方針を協議し、同年六月二十六日頃には仙台市東一番丁三越百貨店社交室で第二回創立委員会を開きロエユ・ローランの協力を断念し、東北外国語学校を設立することを決定し、昭和二十二年七月頃(学校の設立認可の日が昭和二十一年十一月十八日であることは後に認定する通りである)仙台市東一番丁みうらに第三回の委員会を開き学校の敷地問題について協議したことを認めることができ、被告本人尋問の結果中右認定に反する部分は信用できない、証人土井の証言により、成立を認めうる乙第四号証の一、証人小山田の証言により成立を認めうる乙第四号証の二は何れも右認定を動かすに足らず他に右認定を覆すに足る証拠はない。

三、成立に爭がない甲第一号証、第八号証、本件口頭弁論の全趣旨に徴し成立を認めうる甲第七号証、原告代表者鈴木の本人尋問の結果によれば、原告代表者鈴木は昭和二十一年十月二十九日仙台市長岡崎栄松から同市八軒小路国民学校の一部を東北外国語学校の仮教室及び事務所として借り受け、同年十一月一日附同学校設立委員会代表土井林吉名義で宮城縣知事に対し同学校の設立認可申請書を提出し、同縣知事は同月十八日附土井林吉個人を設置者としてその設置を認可したことを認めることができる。

四、本件口頭弁論の全趣旨に徴しその成立を認めうる甲第十号証の一、二によれば、昭和二十三年六月十四日仙台市南材木町二十七番地伊勢孝太郎方に原告委員会委員土井林吉、岡崎栄松、篠沢久、小山田正直、鈴木紀一郎、一力次郎が参集し土井林吉が原告委員会代表及び前記学校設置者の任務からの辞任を承認し、後任として土井の指名により鈴木紀一郎を承認し、次で同月十七日附同委員会名義で旧設置者土井林吉を新設置者鈴木紀一郎に変更することの認可申請を爲し、同年七月一日附その認可があつたことを認めることができる。

五、尤も、証人澁谷照夫、丸子忠の各証言によれば、「右申請当時宮城縣教育課に勤務し右申請を取扱つた訴外丸子忠は前記設置認可書に設置者を單に土井林吉としたのはその肩書の東北外国語学校創立委員会代表という文字を遺脱したのである。認可に先立つて右委員会の構成員を調査した。委員会の名簿は初めから申請書に添附してなかつたけれども、それを添附しなければならない規則はない。委員会代表者の押印があればあとの委員の名を知らなくても委員会の設立であることがわかるからそれで足りる。縣から見れば同委員会は自主的な団体であるからその運営方針を定めた規約の内容を知る必要は認めなかつた。結局東北外国語学校創立委員会の代表者土井林吉と申請書に書かれていたので委員会を設置者として認可したことになる。学校の経費及び維持方法についての責任者は結局東北外国語学校創立委員会になる。右肩書の脱落を知つたのは半年程過ぎてからのことである」旨述べている。而して甲第七号証(東北外国語学校設立認可申請書)によれば、東北外国語学校の設立認可申請書にはその申請者が同校設立委員会代表者土井林吉となつていたことが明かである。

而しながら右申請を爲すに当つてその申請書にはその申請者を東北外国語学校設立委員会代表者土井林吉としていながら、同委員会の実体を明かにする何等の資料も添附していないのであり、前記認可が土井林吉個人を設置者として爲されたのに対し原告委員会に異議があつたことの証拠がない、その後設置者を鈴木紀一郎に変更した際の甲第十号証の二原告委員会会議録の記載によれば「委員代表土井林吉より健康上の都合に因り設立委員代表(高校設置者)の任務から辞退したい旨発言あり」、又「仍て土井林吉次の如く指名し一同異議なく承認す、設立委員代表高校設置者鈴木紀一郎」とあり、又、甲第十号証の一によれば設立者変更認可申請は「旧設置者土井林吉、新設置者鈴木紀一郎」として原告委員会名義(代表者からではない)で爲されており、甲第六号証の右変更の認可書にも單に「東北外国語学校設置者土井林吉を鈴木紀一郎に変更を認可する」と丈記載されているのであつて、かような事情から見ると原告委員会は委員会として学校の設置者となるのではなくてその代表者個人を設置者とするつもりであつたことがわかる。若し、前記澁谷及び丸子証人のいうように最初の東北外国語学校設置の認可申請が原告委員会を設置者とする趣旨で爲されたのであつて、その認可は原告委員会を設置者とすべきであつたとしたならば、少くとも前に認定した設置者の変更の際には從前の認可書の表示が原告委員会の申請により又は縣知事の職権により訂正されて然るべきであつたのにそのことがなく、変更後の設置者は依然として原告委員会ではなく、(その認可申請書にも認可書にも鈴木紀一郎の表示に原告委員会代表者の肩書がない)、その代表者の資格を與えられた鈴木紀一郎個人として申請されその通り認可となつたのに原告委員会においてその訂正を求めた形跡は認められない、かような事情から考えると、最初に爲された設置の認可申請(甲第七号証)は原告委員会の代表者であつた土井林吉個人を設置者とする意思を以て爲され、縣知事も亦同人を設置者としてその認可を與えたのであつてその間に何等の遺脱或は誤りはなく、次に爲された設置者変更の申請は旧設置者土井林吉個人を新設置者鈴木個人とする趣旨で爲され、その通り認可があつたと認めるべきである。その認可の過程において認可者の側において前記澁谷、丸子各証人の証言にいうような認識に基き同証言にいうような調査及び手続を経て前記認可がなされたとしても、その認可は結局において右申請に符合するから取消又は変更がなされない以上、有効と認めるべきである、右各証言中、右認可は誤つてなされたとか、設置者は原告委員会であるという部分は何れも前記申請が原告委員会を設置者とする趣旨で爲されたとの誤つた認識に基くものであるから何れも採用できない。

六、被告本人(一回)尋問の結果により成立を認めうる乙第三号証の一、二、被告及び原告代表者鈴木の各本人尋問の結果によれば、被告は鈴木と共に東北外国語学校の発起者としてその設立の爲に終始多大の力を盡し、経済上の犠牲を拂い、その設立については最も重要な功労者の一人たることを被告(一回)本人尋問の結果により成立を認めうる乙第五号証の一、二、証人丹野政子、島史也の各証言及び被告(二回)本人尋問の結果によれば被告は学校設立後においても事実上人事及び経理の実権を握り学校経営に関し重要な地位を占めていたことを証人小山田正直の証言によれば被告は少くとも原告委員会の委員中の一部のものからは原告代表者鈴木と共に学校当局としてその責任者の地位にあると看做されていたことを認めることができ右認定を覆すに足る証拠はない。しかしながら事実上学校の設立及び設立後の経営について主導地位にあることと、法律上学校の経営者であることゝは別個のことで、事実上実権を掌握しているものでも所定の認可を受けていないものは法律上学校の設置者ということはできない。

以上認定した事実により、原告委員会は東北外国語学校の設立および設立後にはその経営に関して構成されたもので、代表者をもち右学校の設立前には二回その設立について協議し、学校の設立認可があつた後は学校の敷地問題に関し一回、代表者兼学校設置者の変更について一回協議していることが明かであるから、原告委員会は單に形式を整えるもので賛助的なものにすぎないという被告本人の陳述(第一回尋問の結果)は信用できないけれども、東北外国語学校の設置者は最初は土井林吉個人であり、次で鈴木紀一郎個人に変更されたのであつて終始原告委員会ではなく、学校の設立前後には稍活溌な活動をしていたけれども設立後は原告委員会代表者兼学校設置者の変更に関し一回協議しているだけで、第三者との関係において原告委員会が自ら委員会の名において交渉し取引を爲しその他何等かの行爲を爲したことは、右学校設置者の変更の認可申請を原告委員会名義でなしているほかには之を認めることができない。しかも、右設置者の変更は旧私立学校令の時においても旧設置者からその認可の申請をなすべきであつたと解すべきであるから、本件において前記学校設置者の変更の認可申請が第三者ともいうべき原告委員会から爲され当局も亦之を深く咎めることなく右変更の認可を爲したからといつて、かような杜撰な事実を原告委員会の性質を決定すべき判断の資料に供することはできない。かような事実と証人小山田正直、土井光知の各証言、原告代表者鈴木の本人尋問の結果により認めうる、原告委員会は東北外国語学校の運営についての大綱を諮る最高の協議機関で、委員会としても、委員各自の資格においても学校の計理、運営には直接関與しないものであること(証人小山田の証言により成立を認めうる甲第三号証には東北外国語学校は原告委員会の経営にかゝるものであるという記載があるけれども、右証人の証言によれば右は單に右認定の趣旨を表したにすぎないことがわかる)とを綜合して考えると、原告委員会はまだ民事訴訟法第四十六條にいう法人にあらざる社団又は財団に至らない、学校の設置者を通じてその意思を実行し或は設置者を補助する内部的諮問機関と認めるべきである。從つて原告委員会はその名において訴訟の当事者たるの要件を欠くものといわなければならない。

よつて、本件訴は之を却下し、訴訟費用は民事訴訟法第九十九條を準用し原告代表者鈴木紀一郎をして之を負担せしめることゝし、主文の通り判決する次第である。

(裁判官 松尾巖 伊藤正彦 片桐英才)

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